ぐだぐだママの子育て&読書日記

キャリアプラン絶賛迷走中のワーママのブログです。子育ても仕事もゆるゆるしたい。

Kくんのエントリーシート

その昔、新卒で入った会社で人事に配属になった。新卒採用も担当の1つで、社会人経験もない私がジャッジをして本当にいいのだろうかとビクビクしつつ、産休に入るまでの四年ほどそのまま業務についていた。

 

就活イベントなどで学生からよく出る質問が、「どういうエントリーシートが合格になるんですか?」である。

 

「読んでいると、脳内でその人の像が結ばれて、動き出すようなESかな」と上司の受け売りで答えてみたり、「最低限設問に答えているESかな、意外と設問の回答になってない記述も多くって」とかわしてみたり。

 

採用担当たるもの、これには確固とした回答を持っておくべきなのかなぁと自省しつつ、のらりくらりと応じていた。


しかし一度だけ、「今までで一番印象的だったESはどんなものですか?」と聞かれたことがある。その瞬間、迷いなくと1枚のESが浮かんだのは自分でも意外だった。それは2013年度新卒採用で目にした、KくんのESだ。


彼のESは、佇まいからして他とは違っていた。端正な文字で綴られる言葉たちは、主張しすぎず、それでいてはっきりと、等身大の書き手の像を浮かび上がらせている。ESと言うより、小洒落たエッセイのようだ。あぁ、いいなぁ。うっとりしながら読み進めていった私の目が釘付けになったのは、趣味欄。「靴磨き。丁寧に靴と向き合うことで心が落ち着きます」。弱冠21歳にして松浦弥太郎的なの趣き。

 

筆記試験の結果もずば抜けてよく、落ち着いた人柄はうちの会社に合っている。個人的な好みを押し殺してもなお、ぜひに採用したいと思っていたが、面接の途中でするりと辞退してしまった。他社内定が決まったので、と。同じ業界だが、事業内容にもう少し遊び心というか、デザイン性があるタイプの会社だった。そうだね、Kくんにはそっちのほうが合っている、ぜひ頑張ってください。そう伝えたと思う。


彼のサークル仲間であるAさんと私は、たまたま知り合いだった。Kくんってどんな人と聞くと、「飄々として何考えてるかよくわからない、嗜好がおじいさんみたいな人です」と返ってきて、笑ってしまった。「でも」Aさんは真顔で加える。「ヤツはすごいです。真似できません」。


Kくんは元気だろうか。新卒入社した会社でまだ働いているのだろうか。Aさんを介せば消息はすぐわかるが、何となく聞かないでいる。
入社しなかった学生のESは破棄してしまうし、私も転職を重ねたので、あの文章はもう読めない。記憶の片隅に留まった紙片は、今でも控えめな美しい輝きを放っている。